2019年8月6日火曜日

2019年6月、「維新」のビラが我が家に届く(後編)

(「前編」からの続き)

「今の社会保障制度の問題とは?」


「前編」で記した「維新」のビラの表面には、「今の社会保障制度の問題とは?」と題して、社会保障制度に関する自民党の従来の政策の延長上に想定されるプランを記し、これを批判して「維新」の社会保障制度の提案を記している。以下にそのビラの当該箇所を引用する。


ところがこの文章を丹念に読むと、奇妙な点が大別して2点あることに気づく。決して長くはない文章だが、まず事実確認を行い、ついで「維新」の参議院選挙政策に照らして奇妙とみなした根拠を記す。

予め断れば、ここで筆者が主要に論じたいのは、「維新」の政策提案の内容自体についてではない。有権者に届けようとしている公約や政策が不確かで曖昧だと、その形式についてである。また、参議院選挙公示前に配布されたこのビラを目にした際に直観的に感じ取った違和感を、後日、「維新」の参議院選挙政策にも目を通して、論点を整理した上で列記するという時間上のラグがある。ビラの作成者以上に筆者がビラを精読している点では公平ではないことを予め記す。

事実確認1:「維新」が批判する社会保障制度プラン

「維新」が批判する社会保障制度のプランは、大別して3つのプランである。

  1. 働けるうちは働いてもらい、十分な所得資産のある方は年金をもらわないようにする
  2. 年金の支給開始年齢を引き上げる、支給額を引き下げる
  3. 増税する、保険料を引き上げる
これらは『皆さんに「負担がいく提案しかない」』として、「維新」はこれらのプランを批判する。

事実確認2:「維新」が示すプラン

「維新」はこれらに代わり、「第4の選択肢」として『「社会保障と税の在り方」を時代に合ったものに大幅に変える』と述べ、次の5項目を掲げる。
  • 年金は賦課方式から積立方式へ変更
  • 歳入庁(税務署+日本年金機構)の新設による税の徴収業務の一元化
  • 収入に対する課税から資産に対する課税への配分見直し
  • マイナンバーの活用による徴収漏れ防止
  • 世代間格差の是正

事実確認3:「第25回参議院議員通常選挙日本維新の会マニフェスト-詳細版-」における社会保障政策の記載

日本維新の会埼玉県総支部ホームページでは、上記文書がPDFファイルとして閲覧可能になっている。全10ページの簡潔なものである上に、全項目がすべて箇条書きという形式に不満はあるが、特にその第4章「働き方・社会保障制度改革」に記された全15項目をすべて以下に引用する。

4. 働き方・社会保障制度改革
1 働いても年金が減らない制度構築
2 高齢者の「働く」、「学ぶ」を支援
3 高齢者の雇用創出、年金支給年齢の段階的な引き上げ等年金制度の再構築
4 公的年金を社会保険として受益と負担を均衡させるため賦課方式から積立方式に移行
5 世代間再配分から世代内再配分へ
6 労働契約の終了に関する規制緩和を含む労働市場の流動化
7 正規雇用、非正規雇用の格差是正
8 同一労働同一賃金の実現、非正規雇用の雇用保護、社会保障強化
9 労働市場のニーズを踏まえ、公的職業訓練を時代に即したものに
10 高齢者向け運転免許制度の創設
11 障がい者の就労と雇用の環境整備
12 社会的基盤の整備によるワークライフバランス推進(3-10 共通)
13 医療・リハビリ・介護・福祉の連携によるいのち輝く未来社会の実現
14 医療費の適正化・効率化
・レセプトチェック(医療報酬明細の審査)の一元化
・レセプトチェックのルールを全国で統一し、AI を活用
15 自立支援に軸足を置いた介護の推進による健康寿命の延伸

奇妙な点1:年金受給者に負担を増やす点では「維新」も「自民」も変わらない

「維新」のマニフェストは第4章で記す「社会保障制度改革」として、第2節でまず「高齢者の雇用創出」を掲げている。これは「維新」のビラが最初に批判した、「働けるうちは働」くという社会保障制度のプランである。

「維新」のマニフェスト、同章同節で次に述べる「年金支給年齢の段階的な引き上げ」は「維新」のビラが2番目に批判した、「年金の支給開始年齢を引き上げる」という社会保障制度のプランである。

このように「維新」のビラが批判する社会保障制度プランは「維新」のマニフェストに、3項目中2項目が明確に盛り込まれている。年金受給者の負担が増える点では「維新」も「自民」も変わるところがない。したがって、「維新」が指摘する「自民」流の社会保障制度プランへの批判は、「維新」のビラで太字・大文字で表現されているように

「負担がいく提案しかない」

と表現するのは、「維新」のマニフェストに照らせば不正確である。せいぜい、

「負担がいく提案しかない」

と「しか」だけを強調するのが、まだより正確である。実際、「維新」のビラは負担増以外の提案を記していると主張するのだからそれは主張に即している。しかし負担増を求める点において同じ立場に立つ一方に対して、負担増について批判するという文章表現上の強調はフェアではない。

そもそも、他党が「負担がいく提案」以外に本当にしていないのかどうか?「維新」のビラを読むだけで有権者が判断したら事実を誤認する可能性が濃厚であることは、「前編」ですでに論じた。

奇妙な点2:ビラと「マニフェスト」は一致しない

ビラが記す5項目は「マニフェスト」と、一部は一致するが大半は、一致しないか、「マニフェスト」の中でのそれらの項目の位置づけに更なる疑問が湧く構成となっている。以下、ビラの各項目を「マニフェスト」と比較する。

  • 年金は賦課方式から積立方式へ変更
    • この項目は「マニフェスト」第4章第4節と概ね一致する。
    • ただし「マニフェスト」にはこの変更の目的として「公的年金を社会保険として受益と負担を均衡させるため」と記しており、ビラが批判する「負担がいく提案」の一つではないのかどうか不明。
  • 歳入庁(税務署+日本年金機構)の新設による税の徴収業務の一元化
    • 「マニフェスト」第1章「身を切る改革・徹底行革、国会改革〜小さく合理的、効率的な行政機構に〜」第10節「歳入庁を設置し徴税と社会保険料の徴収を一元化」と概ね一致する(ビラには「社会保険料の徴収」が欠落)
    • しかし「マニフェスト」同章第5節「国家公務員の人員削減、人件費2割カット」の前半部と形式的には対立する。両立する論拠は不明。
  • 収入に対する課税から資産に対する課税への配分見直し
    • 課税対象の変更について、「マニフェスト」は何も論じていない。ビラのこの記載は、「マニフェスト」に論拠を持たない。
  • マイナンバーの活用による徴収漏れ防止
    • マイナンバー(カード)の制度推進は、「マニフェスト」の中で次の箇所で言及される。
      • 第1章第14節「マイナンバーカード制度推進で将来はコンビニ投票も可能に。」
      • 第2章「規制改革・成長戦略・経済政策 〜経済成長による財政再建〜」第3節『「簡素、公平、活力の税制」』の中で「・マイナンバー推進による給付付税額控除。」
      • 同章第9節「マイナンバーカード普及の推進」
      • 同章第16節「マイナンバーカードによる外国人労働者の在留管理」
    • 以上より、「マイナンバー」推進1件、「マイナンバーカード」推進3件の提案の中に税の「徴収漏れ防止」の提案はない。ビラのこの記載は、「マニフェスト」に論拠を持たない。
  • 世代間格差の是正
    • 第4章第5節「世代間再配分から世代内再配分へ」との異同が不明。
    • そもそも何を問題として意識しているか自体が判然としない。「マニフェスト」が導入を主張する「積立方式」が「世代間格差」を是正しない制度なのか?

ビラと「マニフェスト」の比較の結論:ビラは「マニフェスト」以外の「何か」に論拠を持っているが、有権者にはそれが何かは明らかではない

ビラに記された5項目の提案を「マニフェスト」に照らして検討した結果、2項目は「マニフェスト」に論拠がなく、2項目は「マニフェスト」と概ね一致するものの、ビラや「マニフェスト」の他項目との関係性が不明、1項目はビラと「マニフェスト」とで問題意識の一致があるのかどうかが不明、というのが検討結果である。

「概ね一致」と判断できた項目でもビラが記す説明は「マニフェスト」に比べて、有権者の判断にとって重要な修飾語や事実関係を表す専門用語が欠落している。そのためビラ作成者の、有権者に政策を示す作業に対する正確性の追求の姿勢に疑義を抱かざるを得ない。

結局、何が問題だったのか?

ビラの上では「今の社会保障制度の問題」と導入部では記されていた事項が、「マニフェスト」の中では、「維新」特有の言い回しである「身を切る改革」の問題や、「規制改革」の問題にすり替わっている。このビラの結論は、「社会保障制度の問題は社会保障の問題ではない」というものだった、というのが一有権者の読後感である。

このビラの表面の上側、「自民党が撤回させた老後2000万円必要という金融庁報告書について」と記した箇所の最後の段落はこう述べてこの箇所を締めくくっている。
大事なポイントは高齢夫婦無職世帯の平均順貯蓄額は2484万円というデータが記載されている点。報告書には不記載だが着目すべきは貯蓄額の世帯分布2000万円以上の貯蓄がある世帯は約40%(4000万円以上は18%超え)に対し、貯蓄500万円以下の世帯は約20%(100万円以下8%)存在する点。資産が少なく収入が低い層に対して、どのような最低保証を提示していくか?という視点にて提案をせず平均値で社会全体に不安を煽るのは無責任。そして、内容も精査せず撤回させる自民党からは問題に向き合う姿勢より事なかれ保身を優先する本音を強く感じる。
上に引用した文章の一つ一つについて言いたいことはあるがそれらをすべておいたとして、ビラの表面の下側は冒頭に画像とともに示したとおりである。結局このビラは、「第4の選択肢」を読んでも「資産が少なく収入が低い層に対して、どのような最低保証を提示していくか?」への回答が何も示されないし、「維新」が年金受給者に負担増を求めていることは明確に理解できたが、社会保障の問題は社会保障の問題ではないことになってしまう。仮に「維新」が主張する「身を切る改革」と「規制改革」が進んだとしても「社会保障の問題」の解決は見通せない、「積立方式」の実現が最低保証について何を示しているのかがわからない、というのがこのビラの結末になっている。有権者にとってみれば、このような文章は政見、主張ではあるが、社会保障制度に関する公約や政策ではない。

「しか」と「だけ」

「維新」のビラの元の箇所に戻り、終盤で次のように述べる。
やはり、自民党1強では政治は硬直し、腐ります。反対だけ批判誹謗中傷だけの立憲民主党・共産党・国民民主党では何も変わりません。
政治の「硬直」とは何か、このビラは示してはいないし、「腐」るとはどういう変化を指すのかも明らかではない。このビラのこの箇所で述べているのは、社会保障制度の「プラン」の政策の優劣を争う議論だったはずである。ここでは、自党派の具体的な政策の主張に対し、他党派への情緒的な批判を展開する点で、フェアな議論ではない。

そして野党3党に対する批判も同じ論理でアンフェアに展開する。その際、野党3党が「反対だけ」「批判誹謗中傷だけ」であると主張するのだが、上記で「しか」について論じたときと同じように、野党3党が本当に、反対以外の批判誹謗中傷以外の主張をしていないのか否かは、ビラを読んでも全く判然としない。「維新」のビラに書かれた文章を信じるには、疑念をあまりに多く抱かざるを得ない。

※そもそも、「しか」とか「だけ」のように強い表現を用いる際には、その論拠の確認に細心の注意が必要であることは、文章を書く者にとっては特に留意すべき点であるように思われる。「維新」のこのビラの文章の書き手は、政策文書の作成に少なくとも不慣れな、想像をたくましくすれば狡猾に叙述することに長けた人物なのではないかと想像される。

このテーマの結びにかえて

「日本維新の会」の政治理念は次のように述べる。

自立する個人、自立する地域、自立する国家を実現する。

政党・政治団体が個人のあり方にまで踏み込んだ政治理念を掲げることには吟味すべき事項がいくつもあるように感じられるが、少なくともさいたま市で「維新」が配布したビラを読む限り、そこに書かれた内容をそのまま信じることができる有権者は、「維新」の主張を疑わない有権者に限られる。「自立」した有権者にとっては、他党派の主張と「維新」の主張とを見比べると、「維新」のビラの内容はそこに記された文章が事実か虚偽かという問題から考え始めねばならない、という疑念を起こさせるものであることに気づく。この点で、「維新」が有権者・支持者に求める態度は「維新」への依存となってしまう。「日本維新の会」は政治理念で掲げた個人像と真逆の個人を実際には求めている、と評されても仕方がない、そう思わせる一枚のビラなのである。