2019年8月12日月曜日

2019年7月、事実に反する「維新」の選挙公報が届く(前編)

紙に印刷されて世帯ごとに配布される選挙公報は、有権者の側が受動的であっても、また候補者の側で選挙期間中、独自の配布が許される宣伝物の配布に消極的であっても、全候補者の政見が記されて全有権者に届けられる。有権者の側が能動的でなくとも政見を入手できる点において、情報通信技術が大きく発達したにもかかわらず同じ役割を果たせる他の媒体が登場しない、という理由で今なお、有権者の判断にとって重要な資料である。

だから、選挙公報は全有権者を対象にしている前提で、候補者が自己の政見・政策の主張と、他候補の批判とを公明正大にやらなければ、選挙公報という制度自体の存在意義を貶めることにさえつながりかねない。

2019年参議院選挙埼玉選挙区の選挙公報が我が家に届いたのは、選挙が公示されてから最初の土曜日だったように記憶している。紙面を開いてみて、「またこの表か」、とうんざりしたのが、「維新」の候補の政見である。


しかしうんざりしたのはこの表だけでなかったことに読んでいって気づいた。「有権者をなめてるのか!」と思わざるを得なかった。右半分が縦書き、左半分が横書きで記されているので、ともかく右から順番に読んでいった。

見出し…自党の政策をかかげない


まず見出しは

「参議院選挙 最後の1議席は維新か?共産党か?」

見出しの左下にはすでに見た表が再び挿入され、野党3党は「社会保障」政策が「提案なし」とされている。

本文…政策を記さない


見出しに続く全四段落の一段落目は次のように記している。
自民90万票、立憲62万票、公明59万票、組織票だけで当選確実の3党。残る1議席は維新か共産か。共産党の組織票は35万票、沢田良が3年前の参議院選挙時の得票は約23万票。
これが「維新」の候補者がまず有権者に訴えたい、数字を含んだ主張という配置になる。二段落目を次に引用する。
当選確実な党に票を入れても勝つのは共産党。維新には憲政史上初、自民の議案を修正させた実績があります。
一文目はにわかには真意がつかめないのだが、前の段落からのつながりで理解すれば、当選確実な3党に票が入ると共産党が4議席目で当選してしまう、とこの候補は主張したいということのようだ。やや時間がかかってから理解するに至った。

しかし二文目は一文目をどう受けてこのような展開になるのか?しかも「憲政史上初」云々とは何を指しているのか、一有権者としてはよく分からなかったので「維新 憲政史上初 自民 修正」でwebを検索してみたが(GoogleとYahoo)、ヒットしてかつ内容が該当すると判断できるページは、埼玉県選挙管理委員会のサイトの中の、この選挙公報のPDFファイルだけなのである。「日本維新の会」のホームページでもこのような主張をしているページや記載は見受けられないので、この候補者の独自な表現のようだ。だがそうであればその表現を候補者自身が有権者により詳細かつ正確に説明しなければ、有権者には他にこの記載を判断する論拠が見いだせない。

文章自体にもどうも段落分けに癖があるように思えるが、とにかく読み進めることにして三段落目を見ることにする。
自民党批判だけで議論しない、提案しない古い野党スタイルを続ける共産党と、自民党と正々堂々議論できる、提案重視の新しい維新 沢田良のどちらが国会に必要でしょうか?
ここに来て候補者の主張の核心に到達するが、要は共産党の「政治手法」への批判に依拠した共産党批判である。ここまで読んで初めて、第二段落で「勝つのは共産党」の真意に接近することになった。

最後の段落は簡潔な一文、
最後の1議席を決めるは(ママ)、あなたです!
この点には内容において異論はない。2019年から定数が1増えた埼玉選挙区の4議席目にどの候補者が選出されるかは、埼玉県の有権者だけにしか決められないのだから。

 ここまで読んで気づくことは、「維新」の政策がこの全四段落の文章には全く記されない点である。この候補は自ら描き出す「政治手法」の違いから「維新」を選択してほしいと有権者に訴えていることになる。

選挙公報の上でこの候補は、政策についてはすでに表を示していて、共産党には「社会保障」についての「政策」が「なし」であるとする。そして「維新」は「仕組みの見直し」が政策だと主張していることになる。

社会保障政策への言及…政策ではなく見解


選挙公報の紙面を使って「社会保障」政策の主張が「仕組みの見直し」の7文字で、自党の政策を有権者に伝え、支持を得られるとはこの候補も本気では思っていないことは、紙面の左側、横書きの以下に引用する文章から、その意図は伝わる。
 自民党が撤回させた老後2,000万円必要という金融庁報告書について
今の社会保障制度の問題とは?
まず人口増と経済発展を前提として設計された今の社会保障制度が、人口減少と経済停滞、更に少子高齢化という負担増を背負って持続可能性があるのか?という当たり前の視点が必要なんです。
選挙公報の紙面を使って、「今の社会保障制度の問題」を論じるのは、上記がすべてというのがこの候補の選挙公報だ。まとめれば、こういう話を自民党と議論できる「維新」の候補者が国会に必要だ、と述べたいという意図は伝わった。

しかし6月に届けられた「維新」のビラ、選挙公報に挿入されたものと同じ表が印刷されたビラを検討した際に論じたように、「維新」は他党の選挙公約を存在、事実として受け入れずに自己主張する。この場合であれば「維新」の候補が論難する相手の共産党は実在する共産党ではなく、候補者の頭の中にある共産党である。有権者がどちらの共産党を念頭に置くかは、同じ選挙公報を見れば自ずと明らかである。

選挙公報の見開き:共産党候補の公報との対比


埼玉選挙区の選挙公報は4面刷りとなっており、9名の候補者の公報が1面につき3名分、1面から3面まで上から順に印刷されている。「維新」の候補の公報は3面、見開きの面の左面の上から3段目に印刷されているが、この見開きの面の右面の上から3段目に印刷されているのが共産党の候補者の公報である。以下に引用する。


個別分野の政策と財源についての主張があり、例えば個別分野の政策の第2項目は「大学・短大・専門学校の 授業料半額に そして無償化へ」であり、「維新」の主張する教育無償化と内容は一致する。また消費税増税を中止した上で消費税に頼らずつくれる財源についての提案を記している。

「維新」の共産党への論難がすべて「維新」にあてはまる

「維新」の候補は選挙公報で、自党の公約は「憲法改正 ◎」「消費増税 ×」「社会保障 仕組みの見直し」の3点と、「今の社会保障制度の問題」に関する見解(厳密には「公約」とは区別される)が記されているだけである。それでいて共産党が「自民党批判だけ」「議論しない」「提案しない」と政治手法について論難し、これにより自らへの投票を有権者に呼びかける内容となっている。

しかしこの2つの選挙公報を見比べる限り、「自民党批判だけ」なのは10月に予定される消費税増税に対して「消費増税 ×」としか記さない「維新」である。

「議論しない」「提案しない」のは有権者に向かって政策を記さない「維新」である。

自民党には「議論」も「提案」もするが有権者に対してはしないのが「維新」だと国政選挙の際に有権者に訴えたいのか、と勘ぐりたくさえなる。6月のビラと同様に、他党の政策についてのアンフェアな言及が選挙公報でも繰り返され、「有権者をなめてるのか!」と言いたくなる所以である。

「維新」の国民一般向けの目玉政策であるはずの「教育無償化」、そのために「憲法改正」が主張されているはずのところのこの政策も、「維新」の選挙公報には書かれない。書かれていることは、共産党への事実に基づかない論難と、事実に基づかない政策対照表と、社会保障制度に関する見解と、最後は候補者プロフィールと比例区の候補者への投票のアピールである。

比例区候補への投票アピール…政策なし

比例区の候補者については、本来であれば「維新」の中では異色の、「暗号資産」(仮想通貨)に関する政策に特化して主張を繰り広げた独自色の強い候補者である。その政策は「維新」のマニフェストにも一言触れられている(第2章第13節)ので、選挙公報ではその政策を多少でも有権者に訴えればよいのに、と一有権者としては斟酌する。しかし実際の選挙公報では候補者のプロフィールだけを記した上で、
参議院(全国)比例区は
×日本維新の会
○藤巻健史と
お書き下さい
と候補者名で投票し、党名での投票をしないよう訴える。筆者は今回の参議院選挙の埼玉県以外の選挙区の選挙公報にも目を通してみたが、「維新」の選挙区選挙の候補者の選挙公報でも比例区の投票について、候補者名での投票を促すが党名での投票については何も記さない選挙公報は他の選挙区では見受けられたものの、党名を書かないことを促す選挙公報は、筆者の確認の限りでは、「維新」の選挙区候補者全員の中で、埼玉選挙区だけだった。

結果として「維新」の候補者は、埼玉選挙区の候補者も比例区の上記の候補者も落選した。

一有権者が言うのも恥ずかしくなる、「維新」への進言

上に引用した、埼玉選挙区の「維新」と共産党の二人の候補者の選挙公報。紙面上は見開きの、右に共産党の、左に「維新」の候補者の公報が印刷され、埼玉県内の全有権者に届いたのか、と筆者は若干の感傷を伴って想像する。「維新」の候補がこの原稿について、もし「失敗した」と思っていなければ、その政治センスを疑いたくなる。もし失敗を認めるなら、敗戦した「維新」の候補者と陣営には、この選挙公報の原稿は有権者への政策の訴えに関して次の点で反省事項の一つとして欲しい。
  • 他党との論戦はフェアに事実に基づくこと
  • 選挙公報には有権者に判断を仰ぎたい政策を記すこと
繰り返しになるが、共産党への論難が自党の選挙公報にすべて当てはまるのが「維新」の選挙区候補者の公報の原稿である。選挙公報は全候補者の政見が全有権者に届く公報で、自党の主張だけが特別扱いされるものではない、という特性を理解しないで原稿を作成したのではないか、と筆者は想像している。その点でこの原稿は、
  • 選挙の経験者や「プロ」が作成したのではなく、選挙に関わる宣伝が未経験な外部者に作成を外注し、納品された原稿を発注者である「維新」と候補者が詳しく点検せずにそのまま入稿したのではないか、
  • 「維新」の自党の政策の主張や他党の政策は関係なく、共産党の論難を目的として、それが有権者にどう受け止められようと関係なく、自党で作成入稿されたのではないか、
と二通りを想像する。いずれにしても、有権者は二の次とされている、という話である。

(後編へ続く)