2019年8月13日火曜日

2019年7月、事実に反する「維新」の選挙公報が届く(後編)

前編では、「維新」の選挙公報を筆者がどう読んだかを微に入り細に入り記した。

この後編では、筆者以外の読み手が「維新」のこの選挙公報をどう読んだか?をネット上から集め、記すことにする。

 東京新聞


 東京新聞7月9日付は、 埼玉の「候補者の主張」として選挙公報の内容を紹介している。東京新聞は選挙公報の特徴として、「それぞれの訴えがまとめられ、陣営の個性も表れる。」と記す。

「維新」候補者の選挙公報についての紹介は次のとおりである(傍線、太字は引用者)。
◆沢田良(さわだ・りょう)(39) 維新・新
 最後の1議席維新に
 「参議院選挙、最後の1議席は維新か?共産党か?」と問い掛ける異色のスタイルとなっている。
 自民、立民、公明を「当選確実」とした上で「自民党批判だけで議論しない古い野党スタイルを続ける共産党と、自民党と正々堂々議論できる提案重視の維新のどちらが国会に必要でしょうか?」と主張。「最後の1議席を決めるのは、あなたです」と結んだ。
 政党支持率のグラフも掲載し「全国で支持率拡大中」と紹介。「老後に2000万円が必要」とした金融庁報告書についても言及し、「人口増と経済発展を前提として設計された今の社会保障制度に持続可能性があるのか?という当たり前の視点が必要なんです」と訴える。
「維新」候補の選挙公報の記載を上記のようにまとめた記者による、埼玉選挙区で当選した4候補の選挙公報の紹介は次のとおりである(当選順位順に引用)。
◆古川俊治(ふるかわ・としはる)(56) 自民・現<2>
 「くにづくり」6本柱
 6本柱の「古川俊治のくにづくり」を掲げた。
 (1)新産業創出による経済の再興 人工知能やロボット、再生医療技術などの研究・開発促進による新産業と雇用の創出など (2)健康で豊かな生活の実現 国民皆保険制度を堅持。持続可能な医療・介護・年金制度への改革など (3)財政再建 行政改革と経済成長による財政再建など (4)世界で活躍できる日本人の育成 外国語や理数系科目の教育の強化による国際人材の育成など (5)国益の保持と防災強化 平和と安全への脅威に対する国際社会とも協調した断固たる対応など (6)農畜水産業の振興 安全で高品質な農産物等の海外販路の開拓など
◆熊谷裕人(くまがい・ひろと)(57) 立民・新
 「笑顔守る」取り組み
 「あなたの笑顔を守りたい」として「五つの取り組み」を紹介している。
 (1)弱い立場の人を守りたい 児童虐待や貧困、障害の要因に対応する連携システムの構築 (2)働く人を守りたい 働く汗が報われる労働環境構築。保育士や指導員、介護士の処遇改善で、仕事と子育て・介護の両立を進める (3)災害から命を守りたい 激甚化する災害に対する政策を進める (4)この国の未来を守りたい 権力者による権力者のための改正でなく、国民福祉の向上に資する憲法のあり方を議論。原発ゼロや自然エネルギーの利用で未来に責任の持てるエネルギー政策を目指す (5)民主主義を守りたい 民主主義を否定する政治の現状を打破
◆矢倉克夫(やくら・かつお)(44) 公明・現<1>自
 現場走り世界に挑む
 「現場を走り、世界に挑む」と大きな文字で掲げた。政策「三つの約束」に加えて、身を切る改革として「国会議員歳費の10%削減」にも挑むとしている。
 (1)景気回復の実感を地域・家庭に 最低賃金を1000円にアップ。軽減税率の円滑な実施。農産物の輸出1兆円を後押しし、農家の所得向上 (2)教育負担の軽減や高齢者福祉の充実 2020年度末までに「待機児童ゼロ」。幼児教育の無償化をはじめ、私立高校授業料の実質無償化・高等教育の無償化を推進。介護の負担軽減とサービス向上へ、介護ロボットなどの導入促進 (3)道路網の整備などで災害に強い埼玉つくる 首都高埼玉新都心線の延伸、河川改修促進、道の駅の防災拠点化
◆伊藤岳(いとう・がく)(59) 共産・新
 憲法守る6つの公約
 「憲法を守り生かし だれもがまともに暮らせる社会へ」として、六つの公約を列記した。「消費税10%増税はきっぱり中止に」とも記載。大企業にも中小企業並みの税負担を求めるなどして、消費税に頼らずに財源を生み出すことも説明している。
 (1)中小企業支援と一体に最低賃金を時給1500円にする (2)大学・短大・専門学校の授業料半額に そして無償化へ (3)年金を7兆円削減するマクロ経済スライドを廃止し「減らない年金」を実現する (4)1兆円の公費投入で国保税の大幅引き下げを (5)戦闘機の「爆買い」をやめ、保育所・特養ホーム増設を (6)セクハラ・性暴力・LGBT差別NO! ジェンダー平等社会に
 こう引用してみると、東京新聞のこの記事は一人ひとりの候補者の選挙公報の紹介において、一つの定型で記されていることがよく分かる。
  • 見出し:候補者の訴えの中心…選挙公報の記載から記者がとりまとめ
  • 一段落目…記者の判断による、選挙公報の中で候補者の中心テーマの要約文
  • 最終段落:選挙公報からの抜粋のみ…記者による文言の追加のない記載
東京新聞の同記事において、この定型で選挙公報を紹介されない候補者は、「維新」、安楽死制度を考える会(安楽会)、NHKから国民を守る党(N国党)の候補者3名である。他に落選した国民民主党、幸福実現党の各候補者については、同記事は上の定型で選挙公報を紹介している。

当然、一新聞社の記事の定型に選挙公報のスタイルを合わせる必要は、候補者の側にはない。しかし同記事は、安楽会候補者の選挙公報については「細かい公約は一つも書かれていない」、N国党候補者の選挙公報については「記載された主張は、NHKだけを映らないようにする「スクランブル放送の実現」の1本だけだ」と断じている。これに次ぐ、選挙公報の記載への違和感の表明が、「維新」候補者の選挙公報に対する「異色のスタイルとなっている」という表現と、記事の段落構成に表れていると言える。

地域情報メディア

今回、筆者はネット上での埼玉選挙区候補者の選挙公報の読まれ方を調べてみて、地域のお店やイベントなどの情報を取材して紹介する地域情報メディアの中に、投票日を控えて、特化した分野に限定して各候補者の選挙公報で記された政策を比較紹介するという記事があることを初めて知った。いくつもあるであろう地域情報メディアの中で、こういうテーマを正面から取り扱うメディアもあることに敬服した。

城北・埼玉南部の子育てと暮らしの情報メディア itacco(いたっこ)」は、7月20日付で「7/21参議院選挙【埼玉県】選挙区の候補者9名の「子育て」主張をまとめてみた」と題して、各候補者の氏名、政党、ホームページのURLの一覧表を、候補者の届け出順にまず示している。ついで「今回は、「選挙公報」やご自身のHPにて、特に「子育て」に関して触れている部分をピックアップ!」(傍線、太字は引用者)として、届け出順に選挙公報の画像、記者による子育て政策に関する要約を記している。

なお、この記者は7月16日付でまず東京選挙区の候補者について、同様の記事を作成している(「7/21参議院選挙【東京都】選挙区の候補者20名の「子育て」主張をまとめてみた」)。こちらの記事では、埼玉選挙区候補者と同様の一覧表のあとに、「それぞれの候補者の「選挙公報」を参考に、「子育て」に関してどんな事を述べているのか、一人ひとりみていきたいと思います。」と記した上で埼玉選挙区候補者と同様に子育て政策を紹介している。候補者によっては、そのHP上での記載が記者によって引用されている。

この記者の記述によれば、埼玉選挙区の候補者のうち、N国党候補者の選挙公報については、選挙公報の画像を示した後にこう記している。
選挙公報では、特に「子育て」に関して言及している箇所はなさそうです。
「維新」候補者については次のように記す(記事中の文章の強調やURLへのリンクは削除して引用)。
選挙公報ではあまり特に「子育て」について触れられていませんが、ご自身のHPでは「経済格差が教育格差とならぬよう教育機会平等社会を実現する」「教育予算の対GDP比を他の先進国並みに引き上げる」「幼稚園や保育園をはじめ、全ての教育を無償化する」「保育士給与の官民格差を是正し民間保育所の保育士の待遇を改善する」「保育サポーター制度を導入する」とかなり具体的な子育て政策を打ち出されています。
この記者によれば、埼玉選挙区の候補者の選挙公報の中から子育てに関する政策を読み取れないと判断されたのはこの2候補者で、他の候補者についてはすべて、選挙公報からの抜粋を記し、候補者のHPからの引用が可能な場合にはそこに記された公約の引用が追記されている。なお、安楽会候補者については一覧表のみに記載され、選挙公報の引用は記されない。

東京選挙区は定数6に対して20名が立候補し、その選挙公報には子育てに関する政策を記さない候補者も多数いるため、そのような候補者の選挙公報について、記者は特段の引用を記さない。

しかし埼玉選挙区の候補者9名のうち、この記者が選挙公報を確認し引用した8名の候補者の中で、子育てに関する政策を記していないとされた候補者は、N国党と「維新」だけである。しかも「維新」はHPには子育てに関する政策が記されているにもかかわらず選挙公報には記されない、という「異例のスタイル」の選挙公報であることが、この記者にも理解されたものと想像される。

おそらくそれゆえ、埼玉選挙区の候補者の子育てに関する政策の紹介が、東京選挙区のそれと違って選挙公報だけでなく「ご自身のHP」に拡大しての紹介となっている。その理由が、「維新」候補者の選挙公報が子育てに関する政策を記さないため、これを慮っての記者の温情、とこの記事の一読者には読み取れてしまうのである。この温情によって、「維新」候補者はかろうじて、N国党候補者との同列扱いを免れている。

ツイッター上の反応


埼玉県民の中に、手に取った選挙公報を読んで、「維新」候補者のこの異質な選挙公報に違和感を覚える人がいたのは当然である。それは今般、SNSを通じて全国に拡散してしまう。

 7月14日午前8時14分付、@AhahaKnowさんのツイートは「選挙広報(ママ)が傑作!「自民党批判だけで議論しない、提案しない共産党」という維新の真横に伊藤岳の提案ズラリ!!」と、選挙公報の写真入りで記している。写真は、選挙公報見開きの、2面に共産党候補者の、3面に「維新」候補者の選挙公報が、いずれも上から3段目に並んで印刷されているものが写されている。本稿執筆時点で「1,634件のリツイート、2,049件のいいね」となっている。

ツイッターで拡散してしまうと埼玉県民以外にも読まれてしまい、反応の趨勢は「維新」候補者によるこの選挙公報への憐憫が混じった、「維新」への嘲笑を含んだ批判の連続となってしまう。

三野党の応答


「社会保障」の政策「提案なし」とされた三野党はどう応答したか?

共産党

共産党は埼玉県委員会名で「参院選埼玉選挙区の維新候補による事実に反する選挙公報に抗議する」を19日付で発表した。

「維新候補の右隣には、我が党の伊藤岳候補の選挙公報があるが、そこには暮らしに希望を与える提案と財源を丁寧に責任をもって示している。「社会保障 提案なし」との事実に反する無責任な主張に断固抗議する。」とした上で、「参院選埼玉選挙区の維新候補による選挙公報を使った選挙を汚す卑劣な行為は県民が許さない。我が党は、選挙でこのデマ攻撃の決着をつける決意である。」と結んでいる。

自党の政策提案の事実を否定する、「維新」による暴挙が「選挙を汚す卑劣な行為」であると断じた声明は、筆者による「維新」の選挙公報の読後感、「有権者を馬鹿にしてるのか」と符合した。

立憲・国民


立憲民主党埼玉県連合、国民民主党埼玉県総支部連合会のHPからは、「維新」の選挙公報に対する応答を読み取ることはできなかった。

「維新」と「維新」候補者の無反応

日本維新の会 埼玉県総支部」のHPは5月24日の記事「【お詫びとご報告】」以後、更新が見受けられない。また「維新」候補者のHP、「沢田良|日本維新の会 参議院 埼玉県選挙区」では「活動報告」は@saitama_ishin@osaka_ishin@ishin_saitamaの3つのツイッターアカウントの埋め込みがされているだけで、この件での組織としての意思表明は見当たらない。そもそもこのHP自身が、選挙公示までは管理されていたのかもしれないが公示後はコンテンツが更新されている様子がない。

「維新」候補者のツイッターアカウント、選挙期間中は@saitama_ishin、選挙終了後は@SawadaRyo2、及び「日本維新の会 埼玉県総支部」のツイッターアカウント@ishin_saitamaには、選挙公報に関する記述はみられない。

このテーマのまとめにかえて

全有権者に届けられる選挙公報で「維新」が、自らの政策を記さず共産党への論難で貴重なスペースを費消する行為は、「異色のスタイル」として一新聞の記者から受け止められ、地域情報メディアの記者には特段の配慮でもって、選挙公報からではなく候補者のHPから政策を抜粋引用させた。選挙公報の内容については、そのおかしさに気づいた埼玉県民がSNS上に上げることにより全国に知れるものとなった。これの閲覧者からは多くは蔑みの反応が返っている。

しかし「維新」に政策が「提案なし」と言及された当事者については、直接言及されているはずの三野党のうち共産党だけが「選挙を汚す卑劣な行為」として批判する一方、他の野党はこれを黙過する態度をとったことになっている。「維新」にはこのような選挙公報への自省も感じられないし、これへの批判に耳を傾けている気配も感じられない。

「維新」にこの問題への当事者能力が欠けていることに、さしたる驚きはない。立憲民主党、国民民主党がもしこの件で「維新」への反論もしていないとすれば、選挙を通じた民主主義が有権者に対する虚偽の蔓延によって危機に晒されることへの危機感の欠如、鈍感さを憂慮する。自分の議席や得票が守れれば民主主義の危機も大目に見るというのか、「維新」と共産党の泥仕合に漁夫の利ありと判断すれば黙過するというのか、真意の判然としないこの二党については、警戒感をもって今後は眺めることにする。